タッカーと同じ外見になったシムが、食堂で食事している。
リードがやってきた。「キーライム・パイ※20か。」
シム:「好物だったの思い出してさ。フロリダ名物だ。」
「…記憶は突然、戻るんですか?」
「うーん、成長に連れて次々とな。まるで、別の人生みたいだ。上手く言えない。」
「想像できないな。私に話って何です?」
「うん、そうそう。…フェイズ砲を逆に向けて、船体に向かって発射することはできるか。」
「できますけど、どうして。」
「いや、弱めのフェイズ砲で付着物を吹っ飛ばして出発ベイの扉を開けたい。」
「シャトルで、どこかへ行くんですか。」
「船をフィールド外へ出すだけのモーメントがありゃ、いいわけだろ?」
「ええ。」
「なら、出発ベイに何の問題もないエンジンが 2つある。…シャトル 2機をグラップラーラインでそれぞれ船とつなぎ、牽引すりゃいいんだよ。」
「ああ、シャトルではとてもパワーが足りませんよ。フィールドの外へ出られるほどのモーメントは得られませんね。」
「それは任せろ。」 パッドを渡すシム。
寝間着姿で本を読んでいたトゥポル。ドアチャイムが鳴り、ドアを開ける。
シム:「入っていいかな。…渡しといた計算、見てくれたか。」
トゥポル:「つぶさに検証しました。」
「それで?」
パッドを手にするトゥポル。「過去にシャトルのエンジンで過燃焼を試したことはありません。」
シム:「だから無理とは限らない。」
「そうですね? …リスクはありますが、これが最善策でしょう。」
「じゃあ、船長に掛け合ってくれるのか。」
「もう話しました。…ほかに何かあるんですか。」
「…トリップはよくここへ来てたんだろ。」
「少佐にヴァルカンの神経マッサージを指導していたんです。」
「覚えてるよ。…そこで横になって、足の神経節を揉みほぐしてた。だけど俺はエンジンの…改良の話に夢中になって。」
「その話をしたのはタッカー少佐です。」
「ああ。タッカー少佐だ。…あいつ、あなたとのひとときを楽しみにしてたよ。」
「よく眠れるからでしょうね。」
「いや、それだけじゃないと思うな。」
「どういう意味です?」
「…トリップとの間に、何かあったのか。」
「…もしも恋愛関係のことを意味しているのなら、いいえ。」
「聞いた理由は…その…あなたのことが、頭から離れない。思春期の憧れとか、そんなんじゃない。それは…それは 2日前までだ。俺が今感じてる気持ちはもっと深いものだ。…とにかく、わからなくて変になりそうなんだ。これが俺の気持ちなのか…奴のか。」
「私にはわかりません。」
「…困らせるつもりはなかったんだ。」
「別に困ってはいません。」
「ただ伝えておきたかった。時間があるうちに。」
作戦室でシャトルの構造を見ていたアーチャー。「入れ。」
シム:「シャトルを操縦させてください。」
「それは問題外だな。」
「俺の立案です、参加させてもらってもいいはずだ。」
「この作戦には危険が伴うんだ。君はシャトルで飛んだこともないだろ…」
「ありますよ。トリップは何千時間も飛んでるんだ。…その記憶があります。」
「単なる記憶に船の命運を委ねることなどできないんだよ。…メイウェザーとリードが、シャトルを操縦する。君はブリッジから指示を出せ、トゥポルが補助する。」
「俺に何かあったら困るからなんでしょ。……俺の脳みそが、必要だからここで死なれちゃ困るんだ。」
「ああ、それもあるな。」
「俺への心配も、ほんとはトリップを助けるためなんだ。」
「この計画の成否が最大の問題だ。6時間以内に脱出しないと、トリップが助かるかどうかなんてもう関係ない。我々みんなが死ぬんだ!」
ブリッジのシム。「ターゲットスキャナー、調整済み。近距離にセットしてあります。」
トゥポル:「…フェイズ砲装填、準備 OK。」
うなずくアーチャー。操作するシム。
2つのフェイズ砲が、船体に向かって発射された。
アーチャー:「扉を開けろ。」
トゥポル:「…まだ動きません。」
シムはもう一度操作する。
今度は 2つのドアが開いた。
アーチャー:「アーチャーよりシャトルポッド1、2。発進を許可する。」
リード:「了解。」
メイウェザー:「シャトルポッド2、了解。」
発進するシャトルポッド。
アーチャーはシムを見た。
シャトルポッドからのグラップラーが、エンタープライズにつながる。2隻ともだ。
アーチャー:「いいぞ、始めろ。」
シム:「過燃焼率セット。…まず 0.175 から開始する。」
リード:「了解。」
メイウェザー:「0.175、セット。」
シム:「俺の合図で、エンジンスタートだ。…今だ。」
エンジンを起動させるシャトル。通常より激しい。
リード:「1,000キロダイン※21。」
メイウェザー:「スラストベクトル安定。」
スクリーンに映る 2隻のシャトルポッド。
アーチャー:「動け!」
シャトルポッド2 が揺れ出した。
リード:「2,000キロダイン。エンジン温度上昇中。」
エンタープライズは全く動かない。
トゥポル:「現在前進のモーメントはゼロ。」
リード:『2,500キロダイン。エンジン臨界温度です!』
「まだ動いていません。」
アーチャー:「動け!」
シム:「過燃焼率を更に 30%上げろ。」
リード:「…船長?」
アーチャー:「…やれ!」
リード:「30%増加!」
さらに強く噴き出すシャトルのエンジン。
メイウェザー:「過熱警告ライトがついてます。」
リード:「臨界温度を 500度超えてます!」 火花が散る。
シャトルポッド2 も同様だ。
トゥポル:「システムがオーバーロードしています。」
アーチャー:「シム。」
シム:「あと何秒か。」
トゥポル:「あと何秒ももちません。」
アーチャー:「…仕方ない。アーチャーよりシャトルへ。」
その時、ブリッジが小刻みに揺れ出した。
シャトルに引っ張られるエンタープライズ。
トゥポル:「動いています。…時速、0.62キロですが。」
操縦を続けるリード。
メイウェザー:「…現在時速 12キロ。さらに加速中。」
進み続ける船。
アーチャー:「これで間に合うか。」
トゥポル:「このスピードなら、6.1時間後にフィールドの外へ出られます。」
「十分だな。アーチャーよりシャトルポッド1、2。…帰ってこい。」 シムを見るアーチャー。「よくやった。」
シム:「はい船長。」
医療室。
アーチャーが来た。「用があるって。」
フロックス:「……状況に変化が。」
「聞こう。」
「…シムは移植に耐えられません。」
「……手術しても、命に別状はないと言ったはずだ!」
「その通りです。ライサリア人の DNA から成長した場合、そのはずでした。人間からだと耐久力が弱いようです。少佐を救うのに必要な量の組織を摘出すれば、シムは死にます。…申し訳ありません。」
無言で出ていくアーチャー。
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※20: key lime pie
※21: 力の SI単位であるニュートンに換算すると、1,000キロダイン=10ニュートン。22世紀の設定でダインを使うとは、いかにも単位に無頓着・旧態依然な米国の番組らしいという気もします (日本ではとっくに廃止)
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